安楽死を考える・神々の夕映え(渡辺淳一著)より
さて植物人間状態になってしまった婦人の死因についてです。
医師が確かめるまでもなく婦人は死んでいました。医師は、表情を確かめてから両手で頭をもって首を横にします。右の頸部に小さな傷痕があります。喉仏から左右に鶏卵大の黒ずんだ後があった。それは二つの半円が重なったように中央にくびれ、瓢箪に似た形をしていた。
医師はさらに首の前から後ろを調べてみた。よくみると首の横にも十円硬貨ほどの黒い痕があり、その上を指で撫でながら圧すと皮膚を異動しても黒い痕は動かない。黒ずんだ皮下溢血は、死後の圧迫では生じない。小さい静脈や毛細血管が出る出血は、生体でなければ生じない。いわゆる生体反応であった。首に取り巻いた溢血斑は、生前生きている間になにものかによって圧迫された後に違いなかった。もはや確かめるまでもなく、それがなにものかによって圧迫されたあとは明白であった。首の痕と昨夜の状況から、夫に殺されたことはほぼ間違いはない。たとえそうでないとしても変死として警察に届け出るのが筋である。それを知りながら医師は決心がつきかねていた。婦長から、「やっぱり届け出ないのですか?」といわれるが、婦人のカルテと死亡診断書をもってくるように言います。そして、死因の欄に「イ、間接死因、脳血栓後遺症 ロ、直接死因 喀痰による窒息死」と書き込んだ。それから診断書の下に自分の名前を書き、印鑑を押した。
つまり、これは植物人間状態にある妻を夫が殺害したものです。しかしながら、これを安楽死あるいは妻の介護から自分が解放されるために最後にとった手段であったのでしょうか?しかも、医師は変死として警察に届けることをせず、死亡診断書に嘘の記載をしてしまいます。もちろん医師は医師法に基づいて変死の場合における警察への届出義務があります。それを怠り、死亡診断書を記載してしまった。医師としての判断は正しかったのでしょうか?医師が夫を助けるためにそこまでする必要性があったのでしょうか?植物人間状態にある患者を死をもって迎え入れたことに医師の先生方はどのようにお考えになりますか?
(神々の夕映え 渡辺淳一著 講談社文庫より)











